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東京地方裁判所 平成10年(ワ)18813号 判決 1999年3月12日

原告

松橋千賀子

被告

ダイヤモンドコミュニティ株式会社

右代表者代表取締役

山上まち子

右訴訟代理人弁護士

篠崎芳明

小川秀次

金森浩児

小川幸三

小見山大

寺嶌毅一郎

右当事者間の損害賠償請求事件について、当裁判所は、平成一一年二月一二日に終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金一二〇〇万円及びこれに対する平成一〇年八月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

本件は、被告がした解雇が違法であるとして、原告が、被告に対し、損害の賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、マンションの管理等を目的とする会社であり、本社の他に川崎営業所、厚木営業所を有している。

2  原告と被告は、平成一〇年六月一日雇用契約を締結し、原告は、同月九日から被告厚木営業所において勤務を開始した。

3  被告は、平成一〇年八月五日、試用期間中の原告を解雇する旨の意思表示をし、解雇予告手当を原告の口座に振り込んで支払った(以下「本件解雇」という)。

二  当事者の主張の骨子

1  原告

(一) 本件解雇は、<1>一か月前に予告をしなかったこと、<2>被告従業員の久保良子(以下「久保」という)に対し訴訟を提起したことを解雇理由としていること、<3>原告の弁解を聞かなかったこと、<4>社会保険に加入できない期間が生じたことなどの点で違法、無効である。

(二) 原告は、就業規則を渡されておらず、試用期間があったことを知らされていなかった。仮に厚木営業所内に就業規則が備え置かれていたとしても、被告は、原告に知らしめる何らの手段も講じていなかったし、原告には、これを手にする時間的余裕もなかった。

(三) 原告には、被告が主張するような解雇理由はない。すなわち、

(1) 原告は、入社当初は電話対応の際、マンション名等を間違えたが、入社二、三週目からはほとんど間違えなくなった。

(2) 原告は、ワープロ操作についても非難を受けたが、原告が入社時に専らパソコンのワード、エクセルを使用していることを説明したにもかかわらず、五十嵐浩次厚木営業所長(以下「五十嵐所長」という)から古いワープロの使用を命じられ、その後も原告はパソコンの使用を懇願したが聞き入れられなかったものである。

(3) 原告担当マンションの口座番号入力ミスからトラブルになったことがあったが、これは本社田中係長のミスである。それにもかかわらず、被告従業員の久保と小泉は、事情もわからず原告を非難し、五十嵐所長も原告を非難したものである。

(4) 原告と被告従業員の髙橋三砂子(以下「髙橋」という)との間にトラブルが生じることがあったが、これは髙橋が小泉及び久保から業務について注意を受けてヒステリックになり、原告にやつあたりを繰り返したためであり、原告には何らの落ち度もない。

(四) 原告は、違法な解雇により、月額一九万九〇〇〇円の賃金の五年分である一一九四万円及び慰謝料六万円の合計一二〇〇万円の損害を被った。

2  被告

(一)(1) 被告の就業規則は、従業員を雇用するに当たり、三か月間の試用期間を設け、右試用期間を満了した者を従業員とするとともに、右試用期間中に従業員として適当でないと判断したときは、試用期間満了までにその旨を告げて採用を取り消すことができる旨規定している。

(2) 被告厚木営業所は、就業規則を営業所内の書棚ロッカーに備え置き、従業員は誰でも閲覧できる状態にしてあり、かつ従業員は、マンション管理人の労務管理という仕事がら、右就業規則を頻繁に使用していた。したがって、被告の就業規則は従業員に周知されていた。

(二) 被告は、退職する厚木営業所従業員の後任の事務を行ってもらうため原告を採用した。事務の内容は経理を含む一般事務であった。

(三) ところが、前任者が原告に対し事務の引継ぎ等を行い、また、同僚従業員が仕事上の指導を行ったところ、原告は同僚従業員の説明を最後まで聞かなかったり、また、教わったことを忘れたりしたため、何度もミスを繰り返し、そして、そのミスの原因については、説明を受けていないと言い訳をして、ついには、引継ぎをしていた前任者を職場において訴える等と言動するに至った。

厚木営業所長が事実確認を行った結果、原告の言動にトラブルになった責任があると判断し、その都度、原告に対し改善するよう注意し、原告も自己に責任があることを認めて、反省していた。

にもかかわらず、原告は前記行為を繰り返し、同僚従業員との間でトラブルを繰り返した。

(四) そこで、被告は、原告の勤務態度や能力の点で、被告従業員としての適格性に欠如すると判断して、原告を解雇した。

三  争点

1  試用期間を定めた就業規則の効力

2  解雇の相当性

3  解雇の適法性

第三争点に対する判断

一  争点1(試用期間を定めた就業規則の効力)について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、被告の就業規則には、従業員を雇用するに当たり、三か月間の試用期間を設け、右試用期間中に適当でないと判断したときは、試用期間満了までにその旨を告げて採用を取り消すことができる旨規定されていること、右就業規則は被告厚木営業所内の書棚ロッカーに備え置かれ、従業員は誰でも閲覧できる状態にあったこと、従業員は、マンション管理人の労務管理という仕事がら、右就業規則を頻繁に使用していたことが認められる。

2  右事実によれば、被告の就業規則は従業員に周知されていたと認められ、また、会社が従業員を採用するに際し、三か月程度の試用期間を設けることには合理性が認められるから、就業規則の効力に欠けるところはなく、本件解雇時、原告は試用期間中であったと認められる(なお、証人五十嵐浩次の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告自身、試用期間中であることの認識はあったと認められる)。

二  争点2(解雇の相当性)について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、退職する予定になっている髙橋の後任の事務を担当させるため、原告を採用した。原告は、髙橋から仕事のやり方を教わりながら引継ぎを行った。

(二) ところが、原告は、次のとおり仕事上のミスを繰り返した。

(1) 原告は、電話の相手方の名前や業者名を忘れたり、間違えてたりして取り次ぐことが多かった。五十嵐所長の指導を受けてからはミスは少なくなったが、完全にはなくならなかった。

(2) 原告は、コンピューターの入力ミスを繰り返し行った。ワープロで文書を作成する際にも、変換ミス等を繰り返し、自分でチェックをしても誤字、脱字等を見落としていた。

(3) 原告は髙橋らによる引継ぎの説明を理解せず、誤った処理をした。

(三) さらに、原告は、次のように注意に対して言い訳をしたり、反発するようになった。

(1) 原告が担当するマンションについて、被告本社の田中係長のミスで顧客の口座から管理費が自動振替えされないことがあった。原告は、髙橋から、事情を説明して管理費を支払ってもらうよう電話することを指示され、顧客に電話したが、留守番電話に入れた伝言が不適切であったため、顧客がマンションの販売代理をした会社の営業担当者にクレームをつけた。これが被告に伝わったため、五十嵐所長は、原告に対し、顧客に電話をして詫びるよう指示した。しかし、原告は、すぐに電話をせず、「これは本社の田中係長のミスで私のせいではない」などと言った。

(2) 原告が髙橋から教わった経理処理と異なるやり方をしていたので、髙橋が問いただしたところ、原告は、「久保からそうやると教わった」と言った。久保は当日欠勤していたので、髙橋が翌日久保に確認したところ、久保は右事実を否定した。右の経緯について髙橋から報告を受けた五十嵐所長が原告に事実を確認したところ、原告は間違いだったことを認めた。

(3) 平成一〇年七月一四日、髙橋が五十嵐所長に対し、もうこれ以上原告の面倒をみることはできないと訴えた。五十嵐所長が事情を聞くと、髙橋は、自分が助言したのに対し、原告が、「あなたから性格のことをとやかく言われる筋合いはない。それはプライバシーの問題だから訴えますよ」、「もう、あなたから教わることは全くない」等と言って、髙橋の説明を拒否したと述べた。

五十嵐所長が原告を呼んで事実を確認したところ、原告は、「あんな年下の娘に性格のことをとやかく言われる筋合いはない。確かに訴えると言いました」と答えた。そこで、五十嵐所長が、そもそもの原因は何か、誰が悪いのかと問いただしたところ、原告は、原因は自分がミスをしたからで、「ついかっとなってしまいました。すみません」と言ったが、「でも訴えることは誰にでも認められた権利です」と付け加えた。

(四) 以上の経緯から、五十嵐所長は、これ以上原告に改善を求めることは無理だと判断し、平成一〇年七月二一日、原告に対し、退職勧奨を行った。原告は、これに応じて、翌二二日いったんは自筆の退職届を提出したが、五十嵐所長が被告会社所定の用紙による退職届の提出を求めたところ、原告はこの用紙を破り捨て、自筆の退職届の返還を強く要求した。そこで、五十嵐所長は右退職届を返還した。

原告は、翌二三日勤務開始後間もなく、五十嵐所長に対し、昨日の対応を謝罪し、同年八月二一日に退職する旨申し出、被告会社所定の退職届用紙に必要事項を記載して提出した。しかし、原告は、同日昼ころ、他の従業員に対し怒りだし、電話連絡を受けて外出先から戻った五十嵐所長が落ち着かせようとしても、「私は悪くない。久保が悪いんだ」と言い張った。五十嵐所長は、これ以上原告がいると営業所の業務に支障を来すと考え、原告に対し、七月二七日付けで解雇通知を出すから、もう会社に来なくてよいと告げた。原告は、「そんなの関係ない。私は来ますから」と言い、しばらくして厚木営業所から出て行ったが、一五分ほどして戻って来て、五十嵐所長に対して謝罪し、本日付けで退職する旨申し出て、退職届を書き直して提出した。

しかし、原告が同年七月二三日の夜間に厚木営業所の石山哲朗係長の自宅に電話をかけるなどの行動に出たため、五十嵐所長は解雇の手続をとったほうがよいと考え、被告本社へその旨報告し、被告において、書面をもって解雇の意思表示をした。

2  以上の各事実についての(人証略)は、伝聞にわたる部分もあるが、原告に対しても事実関係を確認していること、原告が作成した退職届の存在等の客観性のある証拠とも合致することから、信用することができる。なお、原告がワープロで作成した文書に、変換ミスや誤字の見落とし等が多かったことは、原告が本件訴訟で提出した訴状や準備書面に誤字等が多くみられることからもうかがうことができる(訴状だけをみても、「訴状」とすべき表題が「状訴」となっていたり、「扶養義務者」とすべきところで「養」が欠けている(4項二行目)などのミスがみられる)。また、訴状等の記載に右のようなミスがみられることは、厚木営業所での文書作成の際のミスが、原告が主張するような古いワープロの使用を原因とするものではないことを示すものである。

前記認定と異なる原告本人の供述は、(人証略)との対比及び右に述べた客観的な事情に照らし、採用し難い。

3  前記1の事実によれば、被告が、原告は勤務態度や能力の点で被告従業員としての適格性に欠如すると判断したことはやむを得ないところであって、本件解雇には、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認することができる。

三  争点3(解雇の適法性)について

本件解雇の違法事由として原告の主張するところ(前記第二の二1(一)の<1>ないし<4>)について検討するに、同<1>については、三〇日前に解雇予告をしなくても、三〇日分の平均賃金を解雇予告手当として支払えば解雇できること(労働基準法二〇条一項本文)、同<2>については、原告が久保に対し訴訟を提起したことを解雇理由としているとは証拠上認められないこと、同<3>については、五十嵐所長が原告の弁解を聞いていると認められること、同<4>については、社会保険に加入できない期間が生じたことが解雇を違法なものとするとは解されないこと、から原告の主張はいずれも理由がない。

四  結論

以上のとおりであるから、被告のした解雇は適法である。したがって、原告の損害につき判断するまでもなく請求は理由がない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島健太郎)

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